サクラ大戦の舞台が大正になった理由|没になった「昭和の闇市」案と「太正」の由来

サクラ大戦の舞台が大正になった理由|没になった「昭和の闇市」案と「太正」の由来

『サクラ大戦』の舞台は「太正12年」の帝都・東京。大正をモデルにした架空の時代で、蒸気の力で動くロボット「光武」や巨大な飛行艦が街を飛びます。ではなぜ大正なのか。最初からそう決まっていたのでしょうか。

結論から書くと、次の3行です。①最初の構想は「昭和の戦後、闇市のある東京」だったが、作るほど生々しく暗くなるので没になった。②代わりに選んだのが、原作者・広井王子氏の祖母が青春を過ごした大正。与謝野晶子を読み、母の終戦直後の体験も土台にした。③大正は資料が少ないので「嘘がつける」と考え、蒸気の技術が独自に発展した「蒸気革命」を創作し、それが架空の年号「太正」になった。どれも広井氏本人が複数のインタビューで語っている内容です。

この記事では、2016年・2024年・2026年の広井氏の談話を突き合わせて、闇市案が消えた理由、大正を選んだ理由、「太正」という嘘の作り方、そして「スチームパンク」という呼び名が後から付いた事情まで整理します。本人が語っていないことは「確認できていません」と書きます。(2026年9月28日時点の公開情報にもとづきます)

目次

【結論】「昭和の闇市」から「太正」までの流れ

広井氏の談話を時系列とは別に、発想の流れとして並べたのが次の表です。

段階内容出典
初期構想昭和の戦後すぐ、闇市があるような場所に舞台を作っていく物語アニメイトタイムズ 2016年/4Gamer 2024年
没になった理由やればやるほどリアルすぎて暗くなる。生々しく、ゲームに必要な華やかさがない電撃オンライン 2026年/アニメイトタイムズ 2016年
大正へ祖母の青春時代だった大正に移し、与謝野晶子を読み始めた4Gamer 2024年/電撃オンライン 2026年
根底にある体験母が17歳で迎えた終戦直後、ジャズを鼻歌で歌う米兵を見て「本当によかった」と思った話電撃オンライン 2026年
嘘の作り方大正は資料が少ない=嘘がつける。「蒸気革命」を放り込み、生活感は資料を大量に読んで固めた電撃オンライン 2026年
呼び名19世紀の機械科学を進めたイメージ。「スチームパンク」は周囲がそう呼んでくれて付いたアニメイトタイムズ 2016年
各出典は記事末尾の参考リンク
サクラ大戦の舞台が昭和の闇市案から大正、そして架空の年号「太正」になるまでの流れ図。母の終戦体験、資料がないから嘘がつける、蒸気革命、スチームパンクという呼び名
「昭和の闇市」案から「太正」までの流れ(広井王子氏の談話をもとに作成)

最初の構想は「昭和の戦後・闇市」だった

広井氏は、アニメイトタイムズの20周年インタビュー(2016年9月)で、着想した当初は昭和の戦後すぐの時代で、闇市があるようなところに舞台を作っていく物語だったと語っています。4Gamerのインタビュー(2024年5月)でも、終戦後の日本は街中の看板が英語ばかりだった、という時代設定を構想していたと述べており、2つの談話は一致しています。

企画の出発点も押さえておきます。4Gamerの記事によれば、セガからの依頼は女の子が主人公のキャラクターものを、というもので、広井氏はそれを『はいからさんが通る』と『サンダーバード』をくっつけた形だと説明しています。大正の女学生と、秘密基地から出動するメカ。この組み合わせ自体は、闇市案のころから大きく変わっていません。変わったのは時代だけです。

なぜ没になったのか|「やればやるほど暗くなる」

闇市案が消えた理由は、広井氏が2026年8月8日のトークショー(電撃オンラインのリポート)で語っています。戦後を舞台にプロットを組んでいくと、リアルすぎてやればやるほど暗くなってしまった、というのが理由です。2016年のインタビューでは「生々しいから」と表現し、ゲームには華やかさが必要だった、と補足しています。4Gamerの記事では「このままでは出せない」と判断したと述べています。

闇市の東京は、広井氏の家族が実際に生きた時代です。本人の説明を読む限り、題材として弱かったのではなく強すぎた、と読めます(ここは記事の解釈です)。

大正を選んだ理由|祖母の青春・与謝野晶子・モダンな街

代わりに選んだのが大正でした。4Gamerの記事では、祖母の青春時代だった大正の話にしたと語っています。電撃オンラインのリポートでは、時代を大正に移すと同時に与謝野晶子を読み始めたことが紹介されています。作中のサブタイトル『サクラ大戦2 〜君、死にたもうことなかれ〜』が与謝野晶子の詩の一節を思わせるのは、この延長線上にあると考えるのが自然ですが、対応関係を本人が説明した資料はこの記事では確認できていません。

広井氏が大正に見ていたのは「暗い時代の前の明るい時代」ではなく、モダンな街でした。SPICEのインタビュー(2016年9月)では、大正は英語が街中にあって、すごくモダンな世界だったのに、みんなそれに気づいていなかった、という趣旨のことを話しています。闇市案で描こうとした「看板が英語ばかりの東京」は、実は大正にもあった。時代を20〜30年さかのぼることで、同じモチーフを暗くせずに描けるようになった、と言えそうです(記事の解釈です)。

母の終戦体験が「太正」の根底にある

もう1つ、広井氏が2026年のトークショーで詳しく語ったのが、母親の体験です。電撃オンラインのリポートによると、広井氏の母は17歳で終戦を迎え、アメリカ兵が鼻歌でジャズを歌いながら歩いてきたときに「本当によかった」と思ったそうです。日本がぼろぼろになっていたときにも人間の感情や小さな幸せがある。それが創作の重要なキーワードになった、と広井氏は説明しています。

つまり、闇市案は捨てられたのではなく、その核にあった「焼け跡でも人は歌う」という感覚が大正へ持ち込まれた、と読めます。ここは広井氏の説明をつなげた解釈で、本人がこの言葉で語ったわけではありません。

「資料がないから嘘がつける」|蒸気革命という創作

大正を選んだ実務的な理由も、広井氏ははっきり語っています。電撃オンラインのリポートにある発言を要約すると、大正は資料が少ない。資料がないということは嘘がつける、ということです。そこに「スチームパンク」と「蒸気革命」という嘘を放り込んだ。一方で大正の生活感や当時の人の信条はしっかり作らなければならないので、資料を大量に読んで固めた、と述べています。

この「嘘」が、作中の技術体系の土台です。ファミ通.comの『新サクラ大戦』前夜企画(2019年5月)は、太正を、蒸気技術が独自に発展した架空の時代と説明し、自動車のような一般的な機器も、人型霊子兵器「光武」も、全長100メートルを超える空中戦艦も蒸気で動く、と整理しています。実在の大正にはない技術ですが、街並みや服装や人の考え方は資料で固めてあるので、嘘が嘘に見えにくい。広井氏の言う「嘘のつき方」はこの配分にある、というのが記事の見方です。

光武から『新サクラ大戦』の無限まで、作中に登場する機体の変遷はサクラ大戦の光武・霊子甲冑一覧にまとめています。

「スチームパンク」は後から付いた呼び名

『サクラ大戦』は今では「和風スチームパンク」の代表作として語られますが、広井氏自身はそう名付けていません。アニメイトタイムズのインタビューでは、自分のイメージは19世紀の機械科学をさらに進めたもので、全部ギアで動いている世界だったと話したうえで、みんなが「スチームパンクだ」と言ってくれたので、そういう言葉のイメージが付いた、と語っています。

2026年のトークショーでは広井氏自身が「スチームパンク」という言葉を使っていますが、これは20年以上たって定着した呼び名を借りた言い方でしょう(推測です)。少なくとも1996年の企画段階で「スチームパンクを作ろう」と始まった作品ではない、というのが本人の説明です。

「太正」は改元されない|太正12年から太正29年まで

こうして生まれた架空の年号が「太正」です。初代『サクラ大戦』は太正12年(実在の大正12年なら1923年)の帝都が舞台で、以後の作品もこの年号で数えられます。

実在の大正は15年で終わりましたが、太正は改元されません。Wikipediaの『サクラ大戦シリーズ』の項には、モデルの大正は15年までだったが、シリーズが長期化したため太正16年以降も改元されていない、と書かれています。2019年の『新サクラ大戦』は太正29年が舞台で、初代の17年後、『サクラ大戦V』の12年後にあたります(ファミ通.com 2019年5月)。作中年代の並びはサクラ大戦シリーズの順番の記事に一覧があります。

なお、「大」ではなく「太」の字を選んだ理由については、広井氏やセガが説明した資料をこの記事では見つけられていません。ネット上には字義からの解釈がいくつかありますが、いずれも公式の説明ではないので、ここでは扱いません。

帝国歌劇団のモチーフ|個人史・浅草・叔母の歌劇団

時代設定と並んで、「なぜ歌劇団なのか」もよく聞かれます。ここは出典の確かさに差があるので、分けて書きます。

  • 個人史(本人談): SPICEのインタビューで広井氏は「サクラは僕の個人史」だと述べ、自分の家は東京で六代続いていて、銀座はお洒落して行く場所、浅草は遊び場として育ったと語っています。作中で帝国華撃団が浅草や銀座を守る背景には、この地理感覚があると読めます。
  • 叔母が松竹歌劇団にいた(Wikipedia): Wikipediaの『サクラ大戦』の項には、広井氏が叔母の水品美加氏が所属していた松竹歌劇団(SKD)に着想を得て発案した、という記述があります。この記事では、広井氏本人がそう語った一次資料を確認できていません。
  • 大帝国劇場の外観モデル(RED公式): Wikipediaの『帝国華撃団』の項は、レッド・エンタテインメントの公式コンテンツ「太正浪漫街道・新章」(2002年1月時点のアーカイブ)を出典に、建物のデザインは横浜市開港記念会館を参考にしている、と記しています。

歌劇団という設定が「歌う演出」の反省から来ていること、そして舞台の歌謡ショウにつながったことは歌謡ショウが生まれた経緯の記事で詳しく扱っています。

サクラ大戦の時代設定に関するよくある質問

サクラ大戦の「太正」は何年ごろ?

初代が太正12年で、実在の大正12年は1923年です。ただし太正は架空の年号で、蒸気技術が独自に発展しているので、実在の1923年とは別の世界として描かれています。『新サクラ大戦』は太正29年です。

なぜ昭和ではなく大正なの?

最初は昭和の戦後・闇市の案でしたが、作るほど暗くなるため没になりました。広井氏の祖母が青春を過ごした大正に移し、与謝野晶子を読み、母の終戦体験を土台に世界を作った、と本人が語っています。

スチームパンクとして作られたの?

広井氏によれば、自分のイメージは19世紀の機械科学を進めたもので、「スチームパンク」は周囲がそう呼んだことで付いた呼び名です。

旧作は今どの機種で遊べる?

旧作の1〜Vは2026年9月時点で現行機に移植されていません。機種別の入手ルートはサクラ大戦を今から遊ぶ方法の記事、移植が来ない事情は現行機に移植されない理由の記事を見てください。

まとめ

  • 最初の構想は昭和の戦後・闇市の東京。作るほど生々しく暗くなり、ゲームに必要な華やかさが出ないため没に
  • 代わりに祖母の青春時代だった大正へ。与謝野晶子を読み、モダンな街として描いた
  • 母の終戦直後の体験(焼け跡でも小さな幸せがある)が創作のキーワード
  • 大正は資料が少ないから嘘がつける。「蒸気革命」を創作し、生活感は資料で固めた
  • 「スチームパンク」は周囲が後から付けた呼び名。本人のイメージは19世紀の機械科学の発展形
  • 「太正」は改元されず、太正12年(初代)から太正29年(『新』)まで続く。「太」の字の理由は公式説明が見つかっていない

キャラクターの絵がどう決まったかは藤島康介氏起用と「大晦日のFAX」の記事、『新サクラ大戦』で世界観がどう引き継がれたかは新サクラ大戦の評価の記事をどうぞ。

参考リンク

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この記事を書いた人

ゲームのウラ話 運営者:Satimo

1990年代から30年以上にわたってゲームをプレイし続けるレトロゲーマー。
特に思い入れが強いのは初代PlayStation時代のSIEタイトル群で、
『サルゲッチュ』『どこでもいっしょ』『パラッパラッパー』は全作品プレイ済み。
現在も最新ハード(PS5・Switch2)からレトロゲームまで幅広くプレイ中。
当ブログでは、長年のプレイ経験に基づいた一次情報レベルのレビュー・考察を
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